| 年長クラスの担任は、とても優しい、穏やかな女の先生で、息子もすぐに懐いた。また、新学期のクラス説明会で、今まではクラスで孤立していたという息子が他の子どもたちと一緒に遊んでいる姿を目撃し、少しづつ、“普通の子”に近づいているかも、と淡い期待を抱いた。
まもなく、コンフランに住み始めてから、初めてクラスメイトの誕生会に招待された。当日、「プレゼントは、ちゃんとお誕生日おめでとう、って言って渡すのよ」と繰り返し言い含めたら、「ママ、しつこい!」と怒られる。しかし、息子を招待主の家に連れて行ったパスカルは、お茶を勧められたとかで、パーティが終わるまで居残ったが、「Kenはケーキを食べる時以外は、一人でおもちゃで遊んでいた」と帰るなり、ため息混じりに報告する。
何とか他の子どもたちと接してほしい、と考えた私は、近くに子どもの柔道教室を見つけ、気が進まなそうな息子を「見るだけでいいから」と連れて行く。すると、3人ほど息子のクラスメイトがいて、「ボンジュール、Ken」と声をかけてくれる。「よければ、一緒にやってごらん」の先生の一言で、息子もこわばった顔つきながらも、他の子どもたちに混じり、畳の上に寝転んだり、座ったりを始めた。ところが、先生が「ペアを組んで」と言った時のこと、クラスメイトのMくんが息子とペアを作るために、走り寄って来てくれたにもかかわらず、(というかそのせいで?)、息子は道場の外に逃げ出してしまった。せっかくの人の好意を踏みにじって!と息子に対し、腹立たしさと情けなさを感じる。まぁ、こういう態度は今に始まったことではないのだが。
その頃、話題になっていた『ぼくには数字が風景に見える』という本を、友達に頼んで日本から買って来てもらう。イギリス人の作者ダニエル・タメットはアスペルガー症候群とサヴァン症候群の2種類の発達障害があり、また、数字に色がついて見える共感覚という特殊な感覚を持つ。彼は数字の暗記力と語学力に秀で、円周率の小数点以下2万2500桁を暗誦し、10ヶ国語をあやつる。この本はタメットの半生を描いた自伝で、発達障害の特徴である、強いこだわりとコミュニケーション能力の低さによって、子どもの頃は孤立し、いじめられていた彼が、語学力をいかしてボランティアをし、仕事を見つけ、友人を作り、最愛のパートナーにも出会う、という内容だ。それまで、発達障害を解説した本や、発達障害の子どもを持つ親の体験記などは読んでいたが、障害者自身が書いた本は初めてだった。他人とは違う自分に気づいてつらい思いをしたこと、靴ひもがなかなか結べなかったこと、訓練によって人と目を合わせて会話する術をやっと身につけたこと、など普通の人には想像しにくい障害者ならではの困難さが素直な言葉で書かれていた。また、根気よく、色々なことを試みながら彼に社会性を身につけさせようと努める両親の姿は敬服に値し、「何でこんなことができないの!」と時に息子に対して癇癪を起こす自分を思わず反省する。数字が好き、という共通点もあり、以降、私はタメットくんに息子を重ねながら、特にその行く末を案じて落ち込んだ時などに、この本を繰り返し、開いた。
まもなく、また学校から呼び出しを受け、年中クラスの時と同じように、心理士のマドモワゼルBと小顔の心理相談担当の教員と担任と面接をする。観察経過報告のようなものを受けるが、息子は相変わらず学校で好き勝手な行動をとり、ほとんどしゃべらず、他の子どもとはあまり接していないらしい。担任は、「自分の興味のあることには集中して取り組んで、特に算数はよくできます」と多少肯定的なニュアンスだ。息子には何とか最低限の社会性を身につけさせ、同時に秀でた部分を磨き、それを生活の糧に生きていってほしい、タメットくんのように・・、と考えていた私は、マドモワゼルBに、「算数の能力を知るためのテストを受けさせることはできますか?」と思い切って尋ねる。B女史は、面倒くさそうに(見えた)「IQテストをしましょうか」と答えた。
それから1週間ほど経った日の朝、マドモワゼルBから電話がかかってきて、「先ほど、テストを試そうとしたら、Kenが拒否しました」!なだめすかしてでも受けさせるのが、あんたの仕事だろう!とも思ったりしたが、「分かりました」と言って電話を切る。人は当てにしまい、と自分で問題集や小学生向け算数習得ビデオを使い、息子に算数を教えることにする。さっそく息子は分数に興味を持ち始め、まずは分母の同じ数の足し算引き算をすらすらと解いたので、いいぞ!と分母の異なる分数計算を教えようとすると、理解できず「もう、止め!」と癇癪をおこす。その後は一人で、「ブ~ンボ、ブンボ、ブンボ!」と歌って踊りながら(マンボにかけている?)、簡単な足し算式を繰り返し、書くのみで、数学者への道ははるか遠くに感じられた。
落胆させられることの多い息子が、その成長を感じさせてくれる出来事もあった。毎年12月初旬に行われる日仏家族の会のクリスマス会は初めて参加した3歳の時は会員のパパが扮するサンタを見て泣き出したが、4歳の時は怯えながらも近づいて行き、プレゼントを引ったくり戻って来た。ところが5歳になった今年はサンタからプレゼントをにこにこと受け取り、頬にキスまでした。
年末はアルザスに住むパスカルの弟夫婦が7歳の息子と5歳の娘を連れて泊りがけで遊びに来たが、息子は従兄妹たちと鬼ごっこや電車ごっこをした。息子はほとんど話さなかったが、楽しそうにしていた。
もし、従兄妹たちが近くにいれば、もっと頻繁に遊ばせて、会話もできるようになるかもしれない。しかし、もし兄弟がいれば、日本語のみの環境で育てていれば・・、と実現不可能な仮定を挙げていても仕方ない。与えられた環境の中で、子ども自身の成長する力を引き出してあげる、それが親の役割だ。と、こうやって自分も子育てを通じて、学び、成長していくのである。 |