| 「うちの子は言葉が遅れていて・・」と言うと、たいていの人が「バイリンガルの子は遅いのよ。二つの言語を同時に頭に入れているんだから」、「男の子はしゃべり始めるのが遅いから」、「今は言葉を頭の中にインプットしている時期なのよ」と励ましのような、慰めのような言葉をかけてくれる。ただ、息子は同年代の日仏ハーフの男の子と比べても明らかに言葉が遅れていたのだ。
コンフランに引っ越したのは5月最後の金曜日で、息子はその翌々日に、新居から歩いて10分ほどの公立校の年少クラスに入ったのだ。引越しの2週間前に学校訪問をし、校長と担任に挨拶をした。言葉の遅れを伝えると、若くて感じのいい担任の女性教師が、彼女も母親がイタリア人、父親がフランス人のバイリンガルで、小さい頃、言葉が遅れていた、と話してくれた。「夏休みの2ヶ月間、イタリアの母の実家で過ごして戻って来ると、フランス語が出なくて、父方の祖母が、この子はしゃべれなくなった、と悲しんだのを覚えているわ。でも、学校が始まるとたちまちフランス語が出てきたのよね」。・・日本語とフランス語の違いに比べれば、イタリア語とフランス語なんて方言程度の違いじゃないのだろうか?両方ともラテン語から派生した言葉だし。ただ、この先生なら普通のフランス人より、バイリンガルの子どもの苦労を理解してくれるかもしれない、と少しほっとした。
そういえば、引越し前に通っていたブーローニュの学校の担任も英語圏に住むカナダ人とフランス人のハーフだった。ある日、子どもを迎えに行った時に、彼女が「Kenは読み聞かせの時間に歩き回るので、座っているように、って日本語で注意してください」と言った。息子はフランス語より日本語の方が理解できている、と以前に話してあったので。その場で、「お話を読んでもらう時にはみんなと一緒に座って聞かなきゃだめ」と日本語で諭した。すると、その翌朝、息子は家を出る前に、黙って日本語の絵本を脇に抱えた。私もあえて「そんなもの、持って行っちゃダメ」と言わず、そのまま学校に連れて行くと、先生も息子の無言の抗議を理解した様子であった。そして、私はといえば、息子は少なくとも私の言ったことを理解できていて、「フランス語が分からないから、面白くないんだもん」と言葉で表現できなくても、それを態度で意思表示できた。話せないからと言って、何にも分かっていないわけじゃない、それが確認できたのだから喜ぶべきだ、と自分に言い聞かせた。これぞ“人の子の親”の姿勢である。
コンフランの年少クラスには、夏休みが始まるまでの1ヶ月間在籍し、その間、担任から何度か、「全然、話しません」、「みんなと工作をやらずに、一人でおもちゃ箱のところに行って遊んでいますよ」などと言われた。でも、言葉が分からない上に、新しいクラスメイトと過ごすことは、息子にずいぶん負担になっているに違いない、と、おおらかな気持ちで(大目に?)見てあげよう、と思った。「“お母さんの不安”は子どもにダイレクトに伝わるからね、お母さんがつまらないことを気にせず、おおらかな気持ちで子どもの成長を見守ってあげなきゃだめ」と言われたことがあったので。しかし、親って忍耐のいる“仕事”だ。
子育ての鉄則に「他の子どもと比較して、“遅れ”を気にしてははいけない」というのがある。発達のスピードには個人差があるのだ。言葉の遅れ以外にも、まだストローが使えない、まだ指差しができない、と悩んだし、オムツなんて親子心中しようかと思うくらい、はずれなかった。でもストローも指差しもある日、突然できるようになった。オムツも急に「おしっこ」と言って一人でトイレに行くようになった。その後、時々おもらしはしたが。
遅れているところがあれば、進んでいるところもあるわけで、息子は歩き出すのは早く、あっと言う間に走り始めた。また、4歳になると、会話はほとんどできないにもかかわらず、和洋だじゃれ(?)を連発するようになった。「ありがとー、アビヤントー(à bientôt フランス語で「またね」の意)」、 「3と1、サンドイッチ」、「ルノートゥインゴ、ルノーりんご」、「カレーからい、カレーカライス」等々で、「うまい!」と褒めると息子はこの上もなく得意げな顔をし、親ばかの私はそれを育児日記に書きとめた。本当は頭がいいのかも、と思ったり、逆に、作家の大江健三郎の知的障害のある長男もだじゃれが得意って書いてあったな、と心配になったり。まあ、彼みたいに障害があっても、音楽の才能に優れていたら、それはそれで素晴らしいのだけれど。
新居に庭があるのを発見した息子は、引越しの日から庭に出て、まずは前の住人が残していった、ぶらんこで遊びはじめた。その後すぐにプラスチック製の砂場を、夏休み前にビニールプールも買った。息子は滑り台が大好きなので、それも買おうよ、とパスカルに言ったら、「ディズニーランドを作る気か?」と反対された。
夏休みはパスカルの実家に1週間行っただけで、ヴァカンスには出かけなかった。引越しでお金をたくさん使ったし、新居を整えるためにやることが山ほどあった。地下室に棚を作ったり、実家からもらって来た、古いシャンデリアを磨いたり、オークションで買った食器棚にやすりをかけて、ニスを塗ったり・・。そもそも庭に寝椅子を出して寝そべり、テラスで夕食を取れば、すっかりヴァカンス気分だった。
息子はできるだけフランス語に触れる機会を増やそうとヴァカンスの間も週3回、地元の学童保育に通わせた。それ以外の日は、「庭でバーベキューして、子どもたちをプールで遊ばせようよ」と誘うと、ブーローニュで仲良くしていた日本人のママ友だちもはるばる子連れで遊びに来てくれた。
夏休みが終わって、9月になれば、年中クラスに上がる。年中クラスは昼寝の時間がない。息子は昼寝で熟睡して、下校時間まで起きないことがある、と担任から言われていたので、午後もちゃんと先生や他の子どもたちと接していれば、フランス語が出てくるに違いない、と期待した。
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