KYばかりのフランス社会!?

 

 今回はひとつ、時流ネタにおつきあいくださいませ。
『KY』という記号の意味を、最近知りました。なんでも『空気が読めない人(またはその状況)』とか、命令形に転じて『空気を読め』とかいう意味なんだそうです。それから、KYにならないために、、、とか、貴方のKY度、、、とか、KYと言われて鬱になりそう、、、とか、いろんな場面で目に飛び込んでくるようになりました。まっ、はた迷惑な人は現実問題、存在する──例えばレジなどで後ろにながーい列ができていても平気でムダ話する人などのことです──として、それは別格にしておきましょう。
確かに日本では狭い国土に限られた民族が肩を寄せ合ってることもあり、相手の立場を推し量る、その場の雰囲気を読む、という能力が自然に磨かれるのかもしれません。それにしてもKYという観念は“日本ドメステック”でしょうね。たぶん。フランスにいると、他人と自分が違うこと、生活習慣に根ざした価値観の相違を、もろもろいろんな場面でいやというほどつきつけられませんか? もちろん文化や生活習慣の違う多民族国家の中では、空気を読むことなんてあり得ません。そんな背景もあり、人にやみくもに同調することなく、徹底的に話し合う、議論し合う姿勢はなかなか潔い行為のように思えます。時に1から10まできっちり話さなくてはいけないので消耗したりもしますが、1を聞いて10を知ったつもりでいて、勝手に想像して実はぜんぜん食い違っていた〜、なんてことになるよりも遥かに賢明かもしれません。それに、影で『あの人はKYだから、うんたらかんたら』なんて、マイナスエネルギーの発言をして自分の意識を汚すのも、それはそれでストレスになってしまい、肌にも悪いと思うのです。さらりとスルーするか、どうしても我慢ならなければ言葉に出してその相手に向かって発言すればいいと思います(その結果自分がKYといわれるリスクもあるでしょうが)。
このKYの存在に不満を持つというのは、時間と労力の無駄のような気がしてなりませんわ。

人の話しを聞かず、自分のいいたいことだけを言う国民総KY的なラテン民族の国にいると、いろんなことを考えさせられますねぇ。こちらでは黙って付和雷同していると、こいつは自分独自の主張もない使えないヤツだ、となるのがオチです。ホントに難しいもんです。

いわもと まな

皮膚科専門医。コスメプロデューサー。美脳クリエーター。大手化粧品 会社アドバイザー。美容皮膚クリニックのコンサルタント。東京女子医大卒。慶応大学病院にて研修のち済生会中央病院などに勤務 の後、97年に渡仏し、自然医学、予防医学に傾倒。現在パリ在住、三児の母。公式HP(www.dr-mana.com)著書に「Dr.MANAのそんな肌でいいのですか?」「Dr.MANA のすっぴん肌力」(共に講談社)、「美の事典」(WAVE出版)がある