ビアリッツの近郊都市、バイヨンヌ

 ビアリッツから車で10分ほどのところにある古い都市、バイヨンヌ。地元の人からもショッピングスポットとして親しまれています。有名ブランドの看板は少ないですが、庶民的でリーズナブルな買い物ができる場所です。
過去に約3世紀にわたってイギリスの領地となっていたため、Adour川とその支流Nive川の河畔では貿易が発達。今でも交通量ではフランス全国9位、地域には欠かせない港としてイギリスとスペインを中心に貿易が行われています。
見どころはやはり大聖堂でしょうか。13世紀に建設が開始され、16世紀に完成したゴシック建築の建物は荘厳で見事。入ると油彩画があちこちに描かれ、どれも厳かで歴史を感じさせるものばかりです。礼拝堂のステンドグラスも鮮やか。毎週日曜にはもちろんミサも行われています。
クリスマスのマルシェ・ド・ノエルはビアリッツよりも大きく、とても華やかでイベントも盛りだくさん。ジョンボン・バイヨンヌJambon Bayonne、豚の乾燥ハムが有名です。

フェット・デ・バイヨンヌ fetes de bayonne

ビアリッツのお隣、バイヨンヌで8月の第一週の水曜日に5日間かけて行われる最大のイベント。スペインのパンプローナと並んで有名なお祭りです。この日ばかりはたくさんの観光客が世界中から集まり、街中はエキサイト。誰もが白と赤で着飾ります。白いTシャツにジーパン、赤のスカーフが定番ですが、赤のシャツに白いズボンやワンピース、それに男性ならば黒のバスクのベレー帽をかぶれば完璧です。服はどの形と決まっているわけではありませんので、手持ちの赤いハンカチを首に巻くだけでも大丈夫。ローカルは個性的に赤と白で着飾ります。しかし、ちゃんとこのドレスコードに沿っていない人は、地元の人の歓迎のビールや水、果ては子どもたちからスプレーを浴びることになりますので、ご注意あれ。

その歴史は1932年にさかのぼります。王の君臨を祝ったのが始まりのこのお祭り。メインのイベントはバイヨンヌの象徴ともいえる牛。牛を街路に放ち、みな競ってそれを触るというものです。触った人はラッキーで、その年1年よいことがある? 多くは男性が競って牛の体に触ろうと繰り出します。

その他にも巨人たちのコスチュームを見にまとったパレードもあり、夜も昼も街はにぎやかです。小さなブラスバンドやジャズバンドなども街のいたるところでミニコンサートに燃え、地元の子どもたちによるダンスの披露など、道行く人たちを楽しませてくれます。

フェット・デ・バイヨンヌの公式サイト
http://www.fetes-de-
bayonne.com/



<参加者はみんな赤と白に身を包みます>


<街を練り歩く巨人>


<窓から顔を出す王さまに、みな赤のバンダナを振ります>

バスク語

この辺は県でいえばピレネーアトランティックなのですが、地元ではバスク地方と呼ばれています。バスクはその昔スペインとフランスにまたがるひとつの国であり、バスク語は起源不明の謎の言語とされていて、未だにそのルーツは明らかにされていません。

標識はバスクとフランス語の2ヶ国表示に。また学校でもバスク語を使うバイリンガル教育の幼稚園とバスク語のみの幼稚園などもあり、継承者を育てていこうと前向きなようです。バスク語の人名はフランス語とちょっと違った響きを持ちます。Oiana はオヤナと読み、バスク語で「森」と言う意味。よく女性の名前として使われています。とても素敵な響きです。発音だけを見ると、びっくりするくらいに日本語に似ていて、ときどきぞっとするくらいです。鳥はtxori 「チョリ」、兄はanai「アナイ」発音だけでなく意味も似ています。健康はosagarri「オサガリ」乾杯はバスク語で「オサガリヤ」犬はバスク語でzakur「ザクラ」。バスク人と話をすると必ず日本語との意味の比較で盛り上がります。

しかし今ではバスク語を話す人も10万人ほど。今の子どものおばあちゃんに当たる世代では、フランコ政権時代の弾圧で言語の統制を受けた時代に子ども時代をすごしています。少しでも今の子どもにはバスク語を学んでほしいと、地域では様々な取り組みがなされています。

バスク人のファンドレイジングともいえる集会も何度か行われ、バザーでの利益や寄付により、学校やバスク語の教育に使うための資金が集められたりもしています。集まった人々はバスク語の歌を大声でうたったり、赤と緑のバスクの旗ikurrinaを掲げてこの日ばかりは大騒ぎします。下地の赤は「人民」を、緑の十字は人を司る「法」を、白の十字はその人民と法の上に立つ「神」を意味しています。


<緑と赤のバスクの旗ikurrina>


緑と赤のバスクの旗ikurrinaのフェイスペイント


<バスク語のハリポタ>